「ここは障がい者の相談支援事業をやっている場所なんです。」「人が集う場所の機能としては、個人の方で行く場所のない若い人を集めて活動していたことが、そもそもの始まり。」そう話すのは、西村山地域基幹型相談支援センターかぼちゃの職員、峯田さん。福祉とは無縁の学部で学生時代を過ごしたが、卒業と同時に障がい者の支援に携わることになった。この場所は“フリースペースすいか”として、週1回、「誰でもきていい場所」を開放している。

“フリースペースすいか”の始まり

「ここを利用するきっかけとなるのは、支援する関係機関からつながる場合が多いですね。今は仕事に就いていない、とか、なんとなく学校に行きづらい、とか。」

生きづらさや、障がいを抱えている方が、居場所を求めて参加する場合が多いんだそう。年齢層も小学生から50代くらいまでと幅広い。令和5年4月からスタートし、多い時は20名ほどが集う場所になった。

通りから目に入る、タンポポの花を思わせる鮮やかな建物。入口をくぐると、母体である社会福祉法人さくらんぼ共生会の利用者の商品がひっそりと並び、壁面には“すいか”の利用者が描いた塗り絵やイラストで、賑やかに埋め尽くされている。

建物の中は想像以上に広く、それぞれの空間を回遊できる導線がある。とはいっても、本棚やタンス、一枚板のテーブルなど、それぞれが存在感を出しており、なんとも言えない隠れ家的な雰囲気がある。

それぞれが好きな場所で過ごす。リビングではナイロン製のバンドでモビールをつくる方が数名、奥の部屋ではテレビゲームをする2人、その傍らで塗り絵をする方、なんとなく集う風景は、会話がなくとも穏やかな空気感が漂う。

「相談支援の中で、仕組みのカテゴリーではどうにもできない人に出会うことがあり、そういう人たちが行ける場所が必要だと感じていました。できる範囲でできるだけのことをという感じでスタートしたのが、“すいか”でした。」

それで、「ちょっとちょっと」って今まで相談で関わった家族の方の中から、ボランティアをしてくれそうな方に声をかけたんです。この中の家財道具なんかも持ってきてくれる人がいて・・って感じで今になっています。(峯田さん)

すかさず、ボランティアの絵美さん(仮名)は「とりあえず掃除を手伝って、って言われて。ボランティアって聞いてない(笑)。来てみたら、振舞ってくれた餅がまた美味しくてね。すっかり釣られちゃったのよ」

職員が「誰でもきていい場所なんです」ってみんなに言っていて。あぁ、私が来てもいいんだなと思ったのが本音かもしれない。

『すいか』の目的も知らなかったけど、集まってきたお母さんとか、職員とかの気楽な感じが良くて。続けて来ることが自分の生活に必要だと気付いた。

「片時も目の離せない自閉症の子と暮らしていたから、出かけることに慣れてなくて。」定期受診さえ苦痛に感じるほど、一人で出かけていなかった絵美さんだったが、週1回ここに来ることで、フットワークが軽くなったそう。

食卓をまあるく囲む

調理場ではボランティアの方々が、昼食にみんなで食べるカレーを作っている。参加者が持参した梅を、梅シロップにするため砂糖と交互に重ねた瓶が目に入った。「なるべくここにあるもので作っているのよ。」と重ねた上白糖について説明してくれた。食材はフードバンクや差し入れ等で賄っているのだそう。少しばかり、社協でも協力させていただいている。

最初の頃は、空間がなんとなく分断した過ごし方の感じもあって。

昼食に声をかけても、中学生とかは「や、いいっす。」みたいな。

でも、やっぱり、放っておくのも違う、って思っていると、高校生のリーダーっぽいお兄ちゃんが、その空間を行き来して、大人たちと何の隔たりもなく話し始めると、下の子たちも会話するようになって。

リーダー的な子が「ありがとう」とか「ごちそうさま」ってしっかり言えるから、他の子たちも同じように言うように変わったのは、すごくいい学びになってるんじゃないかな。

「食事を一緒にとる」 ことが、相手の得意不得意を知ったり、心の距離が近くなったりするツールになっている。

私たちも食卓を囲ませていただいたことがある。

大きなテーブルに、所狭しと並べられたお皿。いわゆるワンプレートランチのスタイル。プレートにはおかずが5種類くらい盛られており、別で味噌汁もセットになっている。ボランティア、中高生など12名くらいがテーブルにつく。配膳は利用者と協力しておこなっているそう。

学生は食べる勢いも素晴らしい。

余ったプレートを大人が「もっと食べろ」と差し出す。嬉しそうに「いいんですか?」と受け取る。中高生の冗談交じりの賑やかな会話に大人も混ざる。隣の人と談笑しながら食べる人、会話を聞きながら静かに食べる人。まるで三世代が集っているかのよう。

 

「自分という役割」を取り戻す

例えば、お店の中とかで、大声出して床に寝っ転がって駄々をこねたりする、ちょっと大変な子育てをしている方からすると、「他のお母さんと話しても悩みの次元が違う。」

それが、「ここでは何も言わずとも受け入れてくれている感じが、居心地がよくて安心できるんです。」親子で参加していたお母さんが打ち明けてくれたそう。

「母さん、あそこでボランティア募集しているみたいだよ。」と息子さんから勧められた順子さん(仮名)も休まず来ている。「利用者の方も含めて“生きていく同志”なの。70歳も過ぎて言うのもおかしいけど、私自身、子供の頃から生きづらさみたいながあって、大変な経験もしているから。性別や年齢が違っても“生きる”ことは対等だもの。障がい児の親のケアとして、外に出るきっかけをくれたと思っています。」

自身の子育てと、来る人の想いを重ねた美穂さん(仮名)のエピソード。

ハンディのある子供を育てていると、「この子のために頑張りましょう!」と言われるシーンが多くて、“自分“っていうのは置き去りで。

「お母さんだから頑張らなくちゃいけない」と、弱音は吐けない。

そして、“お母さん”だけじゃなくて、“嫁”とか、他の役割も持っていて。

そういった方が、「人からご飯を作ってもらって食べる」のは、すごく息抜きになっているんじゃないかな。ここで、一息ついて、子供や家族に向き合うエネルギーになればいいな、って思うところもあって。私もここに1ヶ月以上ぶりに来るんですけど、みんなに会いたいな、って癒されに来たんです。そういう雰囲気が、利用されてる方にも伝わっていて、来ていたらいいなって。」

思い返せば、来ている子どもから、『なんて呼べばいいの?』と言われて、ネームをつくることにした。布の裏にピンをつけ、表面はギターや動物など形をしたボタンを縫い付けたもの。それぞれ呼んでほしい名前として、みんなで示し合わせたように下の名前(ファーストネーム)を書いた。

私も、ここでは「みほちゃん」って呼んでもらって。「自分という役割」を取り戻した気がした。私にとっても、ここが居場所。みんなに会いたいと思ってくる場所。子育てをしているときは、日々の暮らしで精一杯でこういう場所があるのかも知らなかった。また、生活圏内の中にあると、知り合いの顔が浮かんで利用しづらいな・・(美穂さん)

「すいか」も寒河江市内だけではなく、他町村からの利用も多いという。

実家みたいな場所

実際に障害福祉サービスを利用するときは、手帳や自立支援医療受給者証とかね、サービスを利用する根拠が求められるんですよね。そうなるとどこにもつながらない人や、行きたくない人もでてくる。例えば、ここ(すいか)はね、何の制度にも当てはまっていなくて、そういう方たちも利用できる場所が欲しかった。と峯田さん。

「ここに来る人は、失敗を経験して、また失敗をすることに恐れている人もいっぱいいる。心が疲れている彼らには、チャレンジすることのハードルがものすごく高い。だから、ここでは『失敗しても大丈夫だよ』って思える経験をしてほしいし、できると思う。実は、しばらく顔をみなくなった利用者の方がいて、あるとき、ふらっと『みんなの顔、見に来た。』と立ち寄ったの。『今は頑張って過ごしているよ』と近況報告していくこともあったりして。

ここはいつでも来ていい、安心して寄れる実家みたいな場所だと思うから、続いてくれたらいいなと思って。社会人になった時にね、ここでの時間をエネルギーに、大きくなっていってほしいな。」(美穂さん)

みんなでつくりあげる場

 ―いろいろな人が集うことで、困りごとはありますか?

そりゃあ、ありますよ。

やっぱり人との距離感とか、難しいよね。

だけど、ちょっと困ったなっていう悩みが増えた時に、みんなでミーティングをしよう、となった。朝と帰りと、月1回、あった出来事や、感じたことを話すようになって「自分たちの居場所」をどうしていくか、って視点が変わってきた。いろんな意見があるんですよ。みんなそれぞれ、人生を戦って生きていて。共に成長しているって感じます。

一緒に考える場を持つところは、法人の風土なんだそう。

法人でグループホームを建てる際も、利用者と相談しながら内容を決めてきた歴史もある。使う人の声を大切にしてきたことが伝わってくる。

“自分”という肩書が認められる社会

―社会のために役立つことをしたい―  64.6% 15~39歳

―日々いろいろな人と接している職員さんたちの想い。

“社会的に肩書がない”って、名乗りづらいじゃないですか。やっぱりね、学校に行ってないとか、お仕事に就いていないとか、そう堂々とはしてられない感じがあるんじゃないですかね。ここに来る皆さんは真面目な方が多いんです。役割として人と接してる場面が多い世の中は、窮屈な社会になってるような気がしてね。でも、みんな役に立ちたいし、ちゃんと働きたいけど、うまくいってないんですよ。

ここでの役割というと、「食事の配膳」のように映るかもしれないけど、“ただ、いる”だけでも、「今日、彼がいないね。いつも来るのに。」「なんかちょっともの足りないね。」って。

“いる”と“いない”でも違うし、来たときに、「よかった、来た!」とか「久しぶり」と。

さっきも、進学を理由に来なくなった子について、「彼、もう来ないね。」ってみんなで言っていて。こういう会話から、“自分も気かけられる存在かも”って、聞いている子が間接的に感じられる。これだけでも“存在を認められている”、“自分そのものに役割がある”と思えるんじゃないかな。

本当は、“寄ればいつもの人がいる”っていう場所が理想。

居場所の半分は、“人”で成り立っている“。この1年間、一緒に過ごしていて感じます。場所を開放したらいい、のではなくて、「会いに行ける人がいること」が彼らを支えているんです。

―近所や地域でできることってありませんか?

「おそらく、昔は近所に気にかける人とかがいたんですよね。」「噂話になる」っていう悪い言い方もできるけど、「気にかけてた」んですよ、多分。「あそこの息子、家さいらんねえか」とかよ、「何もしてねえなんねえかとか・・。」

今はもう心配もできないほど、近所のことがわからない、って状況もある。

「いろいろな人の想いに触れて思うのは、 “自分そのもの”を認めてほしいってことです。

“無条件で承認される”ことが、今の社会ではとても難しい。だからこそ、『肩書を問われずに、存在そのものが受け入れられる社会』を目指して活動しているんです!って言ったらなんか大きく聞こえるけどね、夢は大きく(笑)」

 

ここは、あくまでも“通過点”なのだと教えてくれた。

それは目的地に着くまでの、窓から通り過ぎる風景のような。そんな場所。

 

(内閣府による調査:令和4年度)

ひきこもり状態 15歳~64歳 推計146万人(50人に1人)

大きな要因「退職」 15~39歳14.9%、40歳~64歳42.2% 

なんらかの社会的要因から、誰もがいつからでもなりうる

今の自分を変えたい15歳~39歳、75.7%

 

すいかボランティア

美穂さん 「粉もの担当」調理アイデアが豊富な聞き上手

順子さん 栄養に携わった仕事柄、衛生管理が得意なムードメーカー

絵美さん 開催記録のノートを管理するチャキチャキ母さん